作詞家 澤地 隆
essay

日本語は難しい

 職業柄、街で耳にする日本語の使い方が気になることがよくある。逆かもしれない。昔から気になっていた。だから作詞家になってしまったのかもしれない。

 ランチタイムには遅すぎる。もちろんギムレットには早すぎる。おまけに、僕はフィリップ・マーロウのようないい男ではない。そう言えばもともとギムレットは好みではなく、せいぜい三年に一度くらいしか飲まなかったっけ・・・
 まあとにかくそんな時間に、僕は某プロデューサーと、打ち合わせのため喫茶店に入った。
「いらっしゃいませー。おふたり様ですかー?」
「あっ・・・はい」
「お煙草のほうはお吸いになりますかー?」
「あっ・・・いいえ」
「どうぞー・・・こちらの席でよろしかったですかー?」
「あっ・・・はぁ」
「ご注文のほうはお決まりですかー?」
「あっ・・・僕はホットコーヒーをお願いします」
「じゃあ、僕はミルクティーを」
「ホットコーヒーをおひとつ、ミルクティーをおひとつですねー」
 この時すでに、僕の肉付きがよく、面積の大きい右頬は、おさえられない怒りでピクピクし始めていた。
「お煙草のほう」ってなんだ? 「ご注文のほう」ってなんだ? いちいち「ほう」をつけるなバッキャーロー!
「こちらの席でよろしかったですか?」ってなんだ? どうして過去形なんだバッキャーロー!
 そこにさらに追い打ちをかけるようにさきほどの店員。
「お待たせしましたー。コーヒーでお待ちのお客さまー?」
「あっ・・・はい」
「ミルクテイーになりまーす」
 なにー? 「コーヒーで待つ」ってなんだバッキャーロー! 僕はここでコーヒーを待っているんだ。
「ミルクティーになる?」それじゃあ今までお前はコーヒーかなんかだったのかー? バッキャーロー!
 ああ、やだやだ。こうやっておじさんになっていくのだろうか? 近頃の若いもんはとかって、そのうち言っちゃうんだろうか?
 さっさと打ち合わせを済ませて、こんな店は早く出ましょ!

 一時間後。(とは言え、詞の打ち合わせには結構時間がかかることが多いのです)
 伝票を持って、店のレジへ。
「ありがとうございましたー。お会計のほう、1,155円になりまーす」
 だから、「ほう」じゃないってば、バッキャーロー。ほれ、とっておきの二千円札だあ。
「2,000円からお預かりしまーす」
 なにー? 「2,000円から」とはなにごとだーバッキャーロー! 僕から2,000円を預かるんじゃないの?
 そう言えば最近は、
「ちょうどからお預かりしまーす」
 なんて言う店員もいる。預かるんなら返してほしいと思ってしまう。

 はー、全くこんなことばっかり考えていると疲れちゃうよ。日本語は難しいね。うちに帰って仕事でもしようっと。
「じゃあ、ここで失礼します。お疲れさまー」
「どうも、じゃあ詞のFAXのほうよろしくお願いしまーす」
 ピキッ!(こめかみの血管が切れる音)
 おぬし、今「ほう」と言ったな!
 バッキャーローーーーーーー!ロー!ロー!ロー!(安っぽいカラオケのエコーみたいにして下さい)

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