essay

二度ある偶然

 世の中には不思議なことがあるものだ。これは、UFOにも、幽霊にも、宝くじの1等にも、美人の誘惑にも遭遇したことのない僕が、たぶん天文学的確率で体験した偶然の、でも本当の話。

 ある夜、僕は渋谷で友人と4人で飲んでいた。ふと気がつくと時計は12時を過ぎていた。横浜の家まで電車で帰るには、12時過ぎの東横線最終に乗らなければならない。急いで店を飛び出し、駅まで人並をかきわけ、ラガーマンのように走った・・・わけはなく、すぐにあきらめた。しかし、あしたもあることだし、まだ電車で帰れる人もいるし、そろそろお開きにしましょうということで、僕はみんなと別れて、タクシーを拾うべく国道246号へと向かった。
 空車のタクシーはすぐに来た。手をあげるとすーっと僕の前に止まり、自動ドアが開いた。
「すみません、お客さん。このクルマ横浜の本牧に帰るところなんですよ」
 20代だろうか。若い運転手さんが、振り向いて申し訳なさそうに言った。
「えっ、僕横浜の本牧に帰りたいんですけど!」
「ほんとですか? それはちょうどよかった。どうぞお乗り下さい」
 国道246号を環状8号線に向かって走り出しながら、しばらく運転手さんと僕の会話は弾んだ。
「いやー、こんなことってあるんですねえ」
「今夜はめずらしく横浜から東京へお客さんを乗せて、その帰りだったんですよ」
「ラッキーだったなあ」
「本牧に着いたら起こしますから、どうぞお休みになっていて下さい」
「どうもありがとう」

 それからちょうど1週間後。
 今はなくなってしまったのだが、当時渋谷にあったスタジオで、僕はCHAGE&ASKAのレコーディングに立ち会っていた。しかし、書いていった詞は、見事にプロデューサーとCHAGEさんにダメ出しをくらって、書き直しとなった。しかもあしたまで。ふと気がつくと時計は12時を過ぎていた。横浜の家まで電車で帰るには、12時過ぎの東横線最終に乗らなければならない。急いでスタジオを飛び出し、駅まで人並をかきわけ、ラガーマンのように走った・・・わけはなく、すぐにあきらめた。しかし、急いで帰って詞を書き直さなければ間に合わない。僕は顔で笑って、心で泣いて、「お疲れさまー、お先に失礼しまーす」の模範挨拶を残し、タクシーを拾うべく国道246号へと向かった。そう言えばここは1週間前にもタクシーを拾った場所だ。
 空車のタクシーはすぐに来た。手をあげるとすーっと僕の前に止まり、自動ドアが開いた。
「すみません、お客さん。このクルマ横浜の本牧に帰るところなんですよ」
 20代だろうか。若い運転手さんが、振り向いて申し訳なさそうに言った。
「えっ、僕横浜の本牧に帰りたいんですけど!」
 ・・・・・・・・・(3秒間の沈黙)
「あーっ!」
「あーっ!」
「あの時の運転手さん!」
「あの時のお客さん!」
 ふたりの声は、夜中の街にこだました。
 国道246を環状8号線に向かって走り出しながら、しばらく運転手さんと僕の会話は弾んだ。
「いやー、こんなことってあるんですねえ」
「今夜もたまたま横浜から東京へお客さんを乗せて、その帰りだったんですよ」
「ラッキーだったなあ」
「家覚えてますので、着いたら起こしますから、どうぞお休みになっていて下さい」
「どうもありがとう」

 こんな大都会のど真ん中で、二度もこんな偶然があるなんて。なんだかその夜は幸せな気分で家に帰り、仕事の続きにとりかかった。おかげでおおいにはかどり、あっという間に完成した・・・わけはなく、いつの間にか机の上でうたた寝をしてしまった僕は、やけにさわやかな朝日に起こされ、家中に響きわたる声で叫ぶのであった。
「やばーい。寝ちまったー!」

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