essay

調子のいいときゃ気をつけろ

 この一年は、ひとことで言ってどうだったかと聞かれたとしたら(誰も聞いてはくれないのだが)、なんと言っても「痩せた」ということだろう。
 前にも書いたとおり、今年の正月明けから炭水化物をひかえ、筋トレもして、結局13キロ減量した。体脂肪率も10%にまで落とした。問題だったコレステロール値も、昨年の2分の1以下、正常値に戻った。
 米類をひかえて、あとはおかずも酒も普通に摂取しているだけで、いや、むしろおかずは今まで以上に食べているのに、こんなに効果が出たのだから大成功だ。もっと早くやればよかったし、いかに今まで無駄に炭水化物を摂取していたかということだ。何かを成し遂げたというのは、人生においてはじめてかもしれない。やればできるじゃないか! と、すぐにオーバーに自慢する性格は変わらないが。
 しかし、これも以前書いたが、痩せることが目的ではなく、脱いでもかっこいい体を作るのが目的だから、ここ何ヶ月かはさらに筋トレに励んでいる。腹筋運動、背筋運動、腕立て伏せ、ヒンズースクワットなどなど。少しくらいの筋トレではだんだん効かなくなって、最近は腹筋運動も200回近くやるようになってしまった。風呂上がりに、自分の体を鏡でチェックしているところを他人が見たら、さぞかし気持ち悪いだろう。うるさい。ほっといてくれ。
 腹筋や足はわりと筋肉がつきやすいのだが、どういうわけか胸になかなかついてくれない。元々そういう体質なのかもしれないし、鍛え方が間違っているのかもしれない。胸まわり、腕、肩がしっかりしていないと、貧弱なただの痩せた男になってしまうし、この年で急激に痩せると、病気ではないかと思われてしまう。実際、久々に会う友達は「病気か?」とか、ひどいヤツは「がん?」などと人聞きの悪いことを言う。こういうことをストレートに言うヤツは、当然かなり親しいからこその冗談なのだが、それほど親しくない人は驚いて、言葉をのみ込み、黙ってしまう。
 「・・・」
 こんな時、心の中は、
 「どうしたんだ? こんなに急に痩せちゃって。病気かもしれない。でもそんなことは言えないし、そう思っていることを悟られないようにしないといけないし、かと言って無視するのもわざとらしいし、あー、どうすればいいんだろう?」
 なんていう具合なのだろう。
 この一瞬の迷いが、結構おもしろい。あなた、十分悟られていますよ。
 しかし、おもしろいなんて言ってる場合ではない。もっといい体を作らなければ! 脂肪をとってから筋肉をつける。「痩せた」の次は「がっちりした」が目標だ。さらに努力は続くのである。

 さて、そんなわけで、体も軽くなり、筋肉も以前よりはついて、ずっと悪かった腰や膝もすこぶる快調。運動をやっていても、以前とはキレも違う。と思っているのは自分だけかもしれないが、瞬間のスピードも、持久力も、滞空時間も変わったし、息も切れない。と勝手に思っている。勘違いは大事だ。
 でも、わかっている。そう、わかっていたんだ。
 調子のいい時にこそ気をつけなければならないんだ。そんな時にかぎって、意外と自信過剰になり、怪我をしやすいものだという今までの経験から、その日のバスケットボールの練習でも、慎重に、真面目に取り組んでいたんだ。
 しかし、事故は起きてしまった。
 右45度でボールをもらった僕は、左に少しフェイクして、ディフェンスの右からドリブルで抜いて鋭いドライブイン。シュート! のつもりだった。
 しかし、ディフェンスについた坂井は大きかった。190センチ。まあ、バスケットの選手としては決して大きくなく、もっと上のレベルでやっている彼は、190センチもあるのにガードで、3ポイントシューター。しかし、確かに言えることは、僕に比べれば大きい。つまり、手も長い。目測を誤ってしまった。
 抜いた! と思った時には、まだ坂井のディフェンスの範囲。伸びてきた中指が、出会い頭、僕の右目に入った!
 そう、まさに目に入ったんだ。眼球を彼の中指が突いた!
 猛烈な衝撃は、激痛に変わり、倒れ込んだ。
 目が取れた、と思った。
 「あ〜、目玉にぐにゃって触っっちゃった〜っ!」
 と、坂井があわてた。
 右目が開かない。
 そのまま、近くの順天堂大学病院の救急に運ばれた。目に麻酔薬をさして、検眼。眼球の表面に傷がついたのと、打撲のようになった、らしい。
 しかし医者は言った。
 「ま、一日で治るでしょう」
 えーっ、こんなに大騒ぎしたのに、たった一日? 大怪我だと思った。せめて一週間、どんなに少なく見積もっても三日くらいは。そこんとこ、なんとか、ねぇ、先生。って、そうじゃないっ! たいしたことなくて良かっただろ!
 右目は開かないし、顔の半分が腫れているのに、眼帯さえしてくれない。一人寂しく、左目だけで帰った。

 一日で治った。医者が言っていることは本当だった。急激に腫れはひき、痛みもひき、目は開き、一週間ほど視点が合いにくかったものの、次の週には、またバスケットをやっていた。
 大騒ぎしてすみません。でも、ほんと、すんごく痛かったんだからぁ。
 調子のいいときゃ気をつけろっていう教訓は、ほんと、間違いないね。

 そんなこんなで、今年も暮れていく。以前、暮れの大掃除のことについて書いたら、賛成も反対も含めて、やけに反応が大きかったので、今年も少しだけ触れておこうと思う。
 その時にも書いた通り、僕は掃除、整理、整頓が嫌いではない。はっきり言って、好きだ。でも、暮れに、限られた時間の中で、どたばたやるのは、いやだ。心行くまで、しっかりやりたい。悔いのない大掃除をしたい。
 そこで、今年は考えた。11月から少しずつやろう。休みのたびに、一部屋ずつ、ゆっくりやろう。
 今のところ順調だ。11月の初めに掃除したところに、もうホコリがかぶっているくらい順調だ。大晦日は何もせず、ゆっくりテレビでも見て過ごそう。うーん、もう勝ったようなものだ。
 でも、調子のいいときゃ気をつけろ、ともう一人の僕が言う。

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