日本語で優しく響く発音とされるガ行の「鼻濁音」を日常生活で使う人は5人に1人しかいないらしく、全国的に著しく衰退しつつあることが、国立国語研究所の調査でわかったそうだ。来世紀には東北地方でわずかに残るだけとなり、それ以外の地域は消滅する可能性が高いという。嘆かわしい。
ちょっとネットで調べただけでも、多くにひとが「知らない」「知っているけど使っていない」「地域差があるから使う必要はない」と意見を述べている。現在の一般的な日本の小学校・中学校などにおける国語教育では、鼻濁音の指導は学習内容に含まれていないらしいが、僕の世代でも学校で習った覚えはないし、親に教わった覚えもない。それでも日本人ならそれくらいは知っていてほしいし、使えて当たり前だというのは言いすぎだろうか。
ガギグゲゴには通常の濁音と、鼻に抜いてやわらかく発音する鼻濁音がある。という話からとりあえずしてみる。知らないひともいるという前提なので、なにをいまさらという方には申し訳ない。音声上は「ま行子音」や「な行子音」と同じ鼻音だそうだ。たとえば「学校」のガは通常の濁音で、「鏡」のガは鼻濁音で発音する。
基本的には、助詞の「が」すべてと、が行音が文節の頭以外に来たときに鼻濁音化する。例外として「日本銀行」の「ぎ」のように濁音になる場合があるが、これは「日本」と「銀行」との間の融合度が高くないと考えられているからだそうである。
そもそもこのガ行鼻濁音は、東日本方言を中心にみられるらしい。近畿方言から東の大半の伝統的方言にみられるが、東海東山方言や西関東方言の一部ではみられない。中国方言、四国方言、九州方言になると全くみられない。日本人であっても鼻濁音を用いるか用いないか、鼻濁音を規範的と捉えているかそうでないかには地域差や個人差があるという。
しかし、共通語の有力な母体となった伝統的な東京方言は、厳格なガ行鼻濁音の法則を持つため、ガ行鼻濁音は日本語共通語の発音だ。ここは強く強調したい。舞台や映画の俳優、NHKをはじめとしたテレビ・ラジオ局のアナウンサーの発音も、伝統的な東京方言の法則に基づく厳格なガ行鼻濁音の使用と使い分けが徹底されてきた。
学校の教育のせいなのか、親の教育のせいなのか、テレビで鼻濁音を使わない地域のタレントの言葉を聞いて育ったせいなのか、ただただいつの時代も言語はシンプルになっていくというせいなのか、それとも本人の感覚が鈍いせいなのか、ガ行鼻濁音を使いこなせない若年層は確実に増えたようだ。この傾向はなんとプロの在東京民放各局若手アナウンサーにも見られ、民放の約2/3、NHKでも約1/3の若手アナウンサーが鼻濁音を使えないらしい。よくそれでアナウンサーがつとまるものだと思う。
職業柄とても気になるのが歌手の鼻濁音。声楽で鼻濁音は必須だが、鼻濁音を使わない歌手があまりにも多く、気になってしかたない。使わないというより使えないのだろう。意識すらないのだろう。調べてみるともうかれこれ30年以上も前からそういった声はあるようだ。
だれは使えるとか、だれは使えないとか、西日本出身の歌手だから使えないとか、九州出身の歌手なのに使っているとか、これまたネットではいろいろな情報が流れているようだが、やはりプロなんだからいまのところ鼻濁音は意識して歌ってほしいと思う。
「いまのところ」というのは、ことばは時代とともに変化するので、将来はわからないが、いまはまだこうやって問題視されることもある事象なのだからという意味だ。「ら抜き言葉」と同じようなレベルだろう。
「意識して」というのは、歌の場合、強調したりリズム感を出したりするためにあえて濁音にするという技術もわからないではないが、あくまでそれを理解したうえでやってほしいということだ。できれば正しく使いわけてほしいけれど。
さて、実際に近くにいる10代、20代の知り合いに確認してみたら、見事に知らないひとばかりだった。なかには40代でも使えないというひとがいたから驚いた。ちなみにもうすぐ85歳になる父に聞いてみたら、世の中にそんなのが使えないヤツがいるのか、おかしいと言い放ち、いまほとんどのひとが使っていないということをまったく信じてくれなかった。