essay

悔しかったらかっこつけな!

 シティ・ポップについて、ここで書こうかどうか、書くとしたらいつ書こうか、ずっと迷っていたのだが、ようやくそのときが来た。1984年に発売されたシティ・ポップの名盤が昨年ようやくCD化されたからだ。待ちに待ったそのアルバムは、桐ケ谷仁「Vermilion」と岸正之「PRETENDER」の2作品。ここ数年、国内外の過去の名盤がCD化されていて、うれしいことにシティ・ポップの名盤もその多くが再発されてきた。かなり出そろったのではないかと感じていたものの、なかなかCD化されなかったのがこの2タイトル。でもやっと、やっと再発され、ほしかったシティ・ポップのCDがだいたい僕のCDラックに並んだ。

 そもそもシティ・ポップとはなんぞや。シティ・ポップという言葉をご存知の方もずいぶん少なくなってしまったように思うが、ウィキペディアによると・・・日本のポピュラー音楽のジャンルのひとつ。 主に1980年代に流行した、都会的なイメージを前面に出したポップスを指す。ムード歌謡をよりポップで現代的にしたものや、高年齢層へのアピールを強く意識したソフトなロックなどの総称である。和製AORなどとも呼ばれる・・・だそうである。
 あのころ、つまり1980年代の前半、バブル時代の直前、週末には横浜から東京までクルマで3時間かかるほど混んでいたこともあったあのころ、クリスマスイヴの高級ホテルは1年前に予約しなければならなかったあのころ、六本木のディスコは入店待ちの列で女の子連れじゃないと入れなかったあのころ、大学生は全員テニスラケットを抱えて学校へ行っていたあのころ、サーフィンができなくてもボードをクルマのキャリアに積んで渋谷を流してナンパしていたあのころ、日焼けを目的にコパトーンを持って湘南のビーチへ通っていたあのころ、そんなあのころシティ・ポップは全盛期だった。当時ニューミュージックといわれていたジャンルの一部で、アメリカ西海岸を中心としたいわゆるウェストコーストミュージックや、ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェル、クリストファー・クロス、そしてデビッド・フォスター、スティーリー・ダンをはじめとしたAORに影響を受けていた音楽をシティ・ポップと呼んだ。

 決してがんばらない。振られても落ち込まない。泣いたりわめいたりしない。うれしくてもはしゃがない。都会(主に東京都港区)か海沿い(主に湘南)かゲレンデ(主に苗場)またはその途中で男女の恋愛ドラマがおきる。ひとことでいえば「かっこつけた音楽」だ。かっこいいかどうかというのはひとによって判断が別れるものだが、かっこつけてるというのは本人しだいなわけだからわかりやすい。
 そう言えば「ルパン三世」で、次元大介が相手の猛攻をかわしながら懐から拳銃ではなく煙草を出し、降り注ぐナイフの雨の中で一服するシーンがある。「相変わらずかっこつけやがって。そういうとこが気に食わねえんだ!」と言われると、「悔しかったら、てめえもかっこつけな!」と言い返す。かっこいい!  話が脱線したが、シティ・ポップがかっこつけているのは詞だけではなく、もちろん曲もアレンジも歌もアーティストもぜんぶ。で、それを聴く僕らもかっこつけていた。
 かっこつけるためには陰の努力が必要だ。努力していることは絶対にひとに見せてはならない。平然と涼しい顔でやってのける。つまり言い換えると、かっこつけるいうことは、実はこっそりものすごくがんばっているということである。粋だ。

 ところで、シティ・ポップとは具体的にどんなアーティストの音楽かというと、これはちょっとむずかしい。シティ・ポップのとらえ方がひとによって違うし、同じアーティストでも時代やアルバムによって違うこともある。
 僕がシティ・ポップだと思っているのは・・・安部恭弘、新井正人、有賀啓雄、池田聡、池田政典、稲垣潤一、角松敏生、岸正之、木戸やすひろ、桐ヶ谷仁、黒住憲五、ケン田村、崎谷健次郎、佐藤博、杉山清貴&オメガトライブ、鈴木雄大、濱田金吾、ブレッド&バター、松下誠、南佳孝、村田和人、山下達郎、山本達彦、芳野藤丸・・・といったところ。僕にとってのシティ・ポップは男性アーティストのみだ。できればグループやバンドではなく、ソロアーティストがいい。
 AB'S、今井裕、大瀧詠一、JADOES、佐藤竹善、SING LIKE TALKING、鈴木茂、D-Project、東北新幹線、中崎英也、中西圭三、中西保志、ハイファイセットあたりもかなり近いと思うが、意見がわかれるところだろう。
 さらにキリンジ、キンモクセイ、ジャンクフジヤマ、冨田ラボ、そしてもっと最近の若いアーティストがシティ・ポップだと称しているが、どうもピンとこない。
 でも、これはひとによって違っていいと思う。それぞれのシティ・ポップがあればいい。
 AORと同じで、歌手以外にも制作陣が重要なのだが、特に重要なのがアレンジャーとミュージシャンだ。井上鑑、今剛、清水信之、林哲司、松下誠、松原正樹ほか、多くのすばらしい方々の参加があって成り立っていたし、いまどきの音楽よりはるかに知識と技術に裏付けされたアカデミックなものだった。
 数あるシティ・ポップのなかでも、僕が特におすすめするのがこの5枚。安部恭弘「MODERATE」、桐ヶ谷仁「Vermilion」、濱田金吾「ハートカクテル」、松下誠「First Light」、芳野藤丸「YOSHINO FUJIMARU」。機会があったらぜひ聴いてほしい。

 さて、シティ・ポップはなぜか夏が似合う。と勝手に思う。夏の午後、夏の夕暮れ、夏の夜、好きなアルバムを選んで、かっこつけて聴くのが楽しみだ。

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