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#08 11月 帰り道
もう限界だ。そろそろ終わりにしよう。ボールが見えない。
ライトのポジションで僕がつぶやいたのが聞こえたかのように、
リーダー格の拓実が、ピッチャーマウンドから降りた。
ようやく放課後の練習が終わる。
拓実は、教室の中ではいつも小さくなっているのに、
休み時間と体育の時間だけは元気だ。
最近クラスの仲間と始めたこの野球チーム「緑ヶ丘イーグルス」も、
当然のようにキャプテンを名乗って張り切っている。
僕は運動がからっきしダメだけど、
いつも拓実に宿題を見せてやっているからか、
特別扱いで九番ライトにしてくれたみたいだ。
帰りはいつものように学校の近くにある「かどや」に寄り道して、
サイダーの一気飲みで渇いたのどを潤した。
「じゃあな、またな」
少しずつ仲間と別れて、地蔵坂の途中でついにひとりになった。
まずい。ちょっと遅くなっちゃったな。母さん怒ってるかな。
おそるおそる玄関のドアをあけると、
「おかえり。もうすぐご飯だよ」
という予想外のあたたかい声に包まれた。
・・・あれから何十年かたったある日のこと。
遅く帰ってきた中学生の息子に、いきなり僕が手をあげたことがあった。
その様子をたまたま見ていた母が、ぼそっと言ったことがある。
男はでかける時には家の心配ごとを持ち出さないように、
帰ってきた時は外でのいやなことを忘れさせてあげるように、
とりあえず明るくいってらっしゃいとおかえりを言ってあげるもんだよ。
たったそのひとことに救われて、また戦う気持ちにもなり、
なにがあってもちゃんと帰ってくる気持ちにもなるもんだよ。
叱るのは、言い分を聞いてからでもいいんだし、
それを繰り返していりゃあ、そうそうおかしなことにはならないよ。
さて、今日も少し酔った足取りで、ふらふらとあたたかい家庭に帰る道。
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